2012年11月1日木曜日

drawing


この日はドローイングをしてみる。色は最初わたしが父から貰ったRembrandtの水彩絵の具を使おうとしていたが、最初に花のトレースをしている時に色味が渋過ぎる気がして、今日は「トレースの方も、ドローイングも12色・子供用絵の具にしましょう」。梅鉢に絵の具を並べていく。2色くらい並べていたが、彼女が、「先生、この中から目をつぶって選んで。」と言う。確かに、梅鉢って7色しか入れられないのよね。でも使うのは12色・子供用絵の具。目をつぶって、一つ引いた。黒。黒は好き、黒は最も好きな色だけれど「黒は今日はトランプで言うジョーカーよ」、「今日はババ抜きよ、今日は黒は除けておこう」。また目をつぶって、一つ引いた。今度は茶色。。あらま。。また「これもババ抜き、今日は茶色はババね」。そして次。白。白ねえ。。わたしはこんな日に限ってもこういう色を引いてしまうのかしら。。もの凄く好みな色達ではあるが、「今日はこの人もババ、さよならして、、」と言って、ついでに黄土色なんかもドサクサに紛れ省いちゃって、残るはカラフルな色しか無い。うん、これなら良かろう、と思って引いたら、赤。よし、次次、オレンジ。よし、次、暖色系以外がきて、お願いよ。黄緑色。まあ良いじゃない。次。青。こうなると今度は色の三原色みたいになって、少し気まずい。。「ではこの色どれか2つ混ぜて何かの色にしよう」。「青と赤混ぜたら紫になるね」満場一致のもと紫を作った。結局梅鉢のくぼみには6色が並んだ。
最近はコンテや、鉛筆デッサンばかりだったからこんな綺麗な色は久しぶりだ。彼女もわたしも少し意識が変わって気分がいい。あめ玉の様な色。今日はドローイング用に水を多めに入れているから紙の上に乗ってもまだみずみずしく光っていて美しい。
 
今日はいつもみたいに筆も使うけれど、枝も使うし、彼女の案でトイレットペーパーの芯も画材にした。生徒達の案はどんどん取り入れたい。最初、彼女が枝でわたしが芯を。二人で熱心にペタペタ、シャッシャとする。黙々と。良い線が出来てきている。これはなかなか良い絵になりそうよ。水気を含んだ絵の具同士が混じり合ってまたそこに作った色でない色が出来る。わたしは描きながら「あーーめーーー、あーーーめーーー」と言う。雨と飴色を掛けてみたりして、全く親父ギャグか。生徒自身の手もどんどん動く。色とは、時にそうさせるものだ。勝手に色が手を動かしてしまう。

 「今度やるバレエの衣装を教えてよ」彼女は11月にバレエの発表会に出演する。その時、水兵さんと、マトリョーショカの一番小さな人をするのだ。そうしたら、この絵の上に描きだした。上の写真の左下の四角いのが、そのそれです。マトリョーショカの方ね。彼女のその描いてくれた線がまた生きて、良い絵となる。時には人と1つのことをするのも楽しいからね、絵を描くことも然り。

 だいぶ辺りは秋も通り過ぎようとしていて、寒くなってきている。この写真では見えないけど、この日も白鼠のレッスンの後はバレエレッスンだから、白い厚手のタイツを身に付けてる。それでも教室の床は冷たい。ブランケットを貸してあげた。その上に普通に座るだろうと思いきや、上手に中心に入ってクルックルッとさも当たり前の様に、巻き付けた。ブランケットに包まった。なんて可愛いのだ。「白鼠の生徒たちは先生の太陽だ」。そういった1つ1つの思いつきが大事よね。子供達と一緒に過ごしていると「当たり前って何なのだろうね」と思う。ずっとずっとそういう風であってね。

 この日は彼女の好きなココアを飲みながらレッスンしていた。筆を洗った水がココアの色になっていた。筆洗機も発見の場。紙の上だけで無く、どこにだって発見の場はある。そういえば、写真には写っていないが、指先に絵の具をつけて水面を一瞬触ると水の表面から絵の具が信じられないくらい綺麗な線の模様となって筆洗機の底へゆらゆら落ちていった、そんな事もした。彼女が「先生、見て」と言って、その事を教えてくれた。彼女は何回も繰り返し水に一瞬指先を触れその線の模様を作った。しばらくその様子を二人で眺めた。

 今頃、アトリエでこの絵は絵の具が乾いているだろうからまた次会った時は違う表情の絵になっている筈だ。この水々しい色はその場に携わった者のみぞ知り得る。その瞬間は乾いた絵には残せないけど、それはそれでまた良い絵になっているでしょう。

愛宕の教室でも、前回の白鼠の男の子もしたのと同じ様にトレースする。花の写真をトレースして、指と筆で色をつけた。同じトレースしたもの、方法は一緒でも皆違うかんじになる。トレースしている時は、話しかけては駄目かなと思うくらい集中していた。
やはりその真剣な表情は「白鼠の生徒たちは先生の太陽だ」!
          

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